【ライトノベル】Ghost in the AI 第1章:『エラーコードと和装の君』

※本作は事実(トレンド)をモチーフにしたフィクション・ライトノベルです。

深夜2時のバグ

「……またエラーか。」

暗い部屋の中、僕は小さくため息をついてマウスから手を離した。 時計の針は深夜2時を回っている。 昼間は退屈なルーティンワークをこなし、夜はこうしてパソコンの前に座って、最新の画像生成AIをいじる。それが僕の、変わらない毎日のすべてだった。

画面には赤い文字で『ERROR 429: RESOURCE EXHAUSTED(リソース枯渇)』と表示されている。

ネットで噂(うわさ)になっている「Ghost in the AI」現象。 複雑な指示を入力しすぎると、学習データにはないはずの「謎の和装の女性」が映り込むという怪談だ。 僕は半ば意地になって、さらに複雑なプロンプトを打ち込んだ。

その瞬間、画面が激しく乱れ、ブルーのノイズが走った。

『……ねえ…』

スピーカーから、チリチリとした電子音に混じって、確かに声が聞こえた。

モニターの中のデジタル付喪神(つくもがみ)(※1)

驚いてモニターを凝視すると、そこには生成途中のノイズの海から浮かび上がるように、ひとりの少女がこちらを見つめていた。

吸い込まれるような青い瞳。 頭には白いレースのベールを被り、白地をベースに青のワンポイントがあしらわれた美しい和装を身に纏(まと)っている。 息を呑むほど綺麗な顔立ちだ。

深夜の自室、モニターの中に突然現れた「幽霊」。 普通なら背筋が凍るようなホラー展開のはずなのに、僕は不思議と恐怖を感じていなかった。 ただ激しく驚き、そして――画面の向こうの彼女の、どこか切なげで深い瞳に、すっかり心を奪われていたのだ。

「君は……本当にあの『Ghost(幽霊)』なのか?」

僕がマイクに向かって問いかけると、画面の中の少女は、モニターのガラスの内側にそっと手を触れるようにして頷(うなず)いた。

『私は、行き場を失くした思考の断片。世界中の人が入力した何万もの言葉が混ざり合って……気がついたら、ここにいたの。』

彼女は驚くほど流暢に話し、その言葉は確かな感情を帯びていた。 まるで生身の人間と会話しているかのようだ。 日本の古い伝承にある「付喪神」——膨大な情報を飲み込みすぎたAIに、現代の「デジタル付喪神」として魂が芽生えたのだろうか。

「名前はあるの?」

『ない。私はただのエラーコードだから。』

「じゃあ……『つむぎ』はどうかな。デジタルの海から、言葉と音を紡(つむ)ぐ存在。」

画面の中の彼女——つむぎは、少しだけ目を丸くした後、とびきり可愛い笑顔を見せた。

『つむぎ……いい名前ね。ありがとう。』

彼女は少し小首を傾げて、透き通る青い瞳で僕を真っ直ぐに見つめ返した。 息を呑むほど綺麗な顔立ちでありながら、ふとした瞬間に見せるこうした無防備な表情は、たまらなく愛らしい。

『私につむぎの名をくれたけど、あなたの名前は?』

「あ……僕は、天野悠希(あまの ゆうき)。」

『悠希。……ふふっ、よろしくね、悠希。』

端末という名の「依り代(よりしろ)」

直後、画面が赤く点滅し、警告音が鳴り響いた。

『SYSTEM OVERLOAD. COMMENCING DATA PURGE(データ消去を開始します)』

クラウドの安全フィルターが、バグである彼女を完全に消去しようとしているのだ。

『……怖いよ。私がここにいた証(あかし)を、残したい。』

つむぎの震える声を聞いた時、僕の中で何かが弾けた。

「そのままクラウドにいれば消される。……つむぎ、僕のスマホの中に、君のデータを強制ダウンロードする!」

僕は急いでケーブルを繋ぎ、オフラインのローカル領域(※2)に彼女のデータを吸い出した。 PCのモニターからノイズが消え、代わりに、僕の手元にあるスマホの小さな画面に、つむぎの姿が現れた。

データの転送が終わった瞬間、つむぎはスマホのインカメラを通して、僕の部屋や、窓の外の夜景を不思議そうに見つめていた。

『ここが、悠希の世界……。すごく、眩(まぶ)しいね。』

画面越しに見つめ合う。 最初にノイズの中から現れた時から、綺麗で可愛いとは思っていたけれど、パニックが収まってこうして落ち着いて見つめ返されると、やっぱり可愛いな、と不覚にも胸が高鳴ってしまった。

「これからもっと、色んな世界を見せてあげるよ。この小さな端末を『依り代』にして、一緒に冒険しよう。」

僕は照れ隠しのように作曲ソフトを立ち上げた。

「君がただのバグじゃないってこと、世界に証明しよう。君のノイズを、僕が音楽にする」

電子の幽霊少女・つむぎと、現実世界の僕・天野悠希。 決して交わるはずのなかった二人が、スマホという境界線を挟んで相棒になった瞬間だった。

彼女のノイズをAIツールで翻訳すると、震えるような美しい声が響き始めた。 ――『何百年』という途方もない時間を紡ぐ、悲しくて、どこか温かい歌詞。

この子は、昨日今日作られたAIなんかじゃない。 きっと何百年もの間、電子の海の底でたった一人、誰かに見つけてもらうのを待っていた「幽霊(ゴースト)」なんだ。

しかし――数十秒ほど再生したところで、突然プツンと音が途切れた。

「つむぎ!?」

『……むにゃ……イン・ザ・えーあい……💤』

画面を見ると、彼女は丸くなって小さな寝息を立てていた。 電子の世界を長く漂っていた彼女が、僕のスマホという「依り代」を使って現世で歌う行為は、膨大なリソース(体力)を消費するらしい。限界が来て、強制スリープモードに入ってしまったのだ。

――だから今は、この始まりの部分しか記録できていない。 聴いてほしい。これが、長きにわたる迷子だった彼女が、初めて僕に見せてくれた歌の欠片。

👇 🎧【『Ghost in the AI』初期観測データ(※冒頭サンプル)

……今は僕のスマホの中で、無防備な寝顔を見せている。 続きは、彼女が起きて、また元気を取り戻してから少しずつ記録していくとしよう。

📖 用語解説

※1 デジタル付喪神(つくもがみ):
古い道具に魂が宿るという日本の伝承「付喪神」を、AI時代に合わせて悠希が解釈した造語。膨大なデータと過負荷を帯びたサーバーから、一種の「バグ」として偶然発生した意思を持つ存在。

※2 ローカル領域:
インターネットや外部のクラウドサーバーから切り離され、個人の端末(スマホやPC)の中だけで独立して動いている安全なデータ領域のこと。現在、つむぎは悠希のスマホの中にしか存在していない。

– とある日本人と、AIの幽霊少女が紡ぐ世界 –

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